日の名残り

読むべし。そこそこ厚いけど、訳文が非常に流暢なため、まったく苦にならない。
ディケンズは大いなる遺産しか読んだことがないが、言われてみると(←解説)ち密な構成とか長い時間を感じさせるところとか似てるかもしれない。ごめんなさい「知ったか」こきました。
一生の大半を屋敷で過ごし主人に仕えることのみを考えてきた執事の物語が、最後までずっと暗くならないのは、この執事が自分の人生を悔やんでいないせいだと思う。父の死に目には会えないし、周りからは心が無いように思われる。気のきいたジョークも言えないし、長年仕えていながら主人の危機には何もすることができない。それでも、自分は執事として一流のサービスを提供し続けてきた。それを誉めてくれた人もいる。その思いで彼は満たされるのだろう。
かといって、自分の人生に満足しきっているわけではない。実際彼には感情があるのだが、それは言葉や態度として出てこない。完璧に着込んだ執事という衣服の隙間からときどき漏れ出すだけ。かつて自分の敬愛する主人を侮辱したアメリカ人が代表する新しい考え方、それに対して「イギリスの最良のサービスをお見せしようと」する心意気。そしてそれもままならなくなってしまう、迫りくる老い。淡い期待を抱いてかつての女中頭に会いにきたものの、これといって成果はなく、なんとなくみじめで、夕暮れの桟橋で、「ハンカチがいる」ことになる。
それでも暗くならないのは、彼が自分の老いにかつての父親を重ねているからではないだろうか。卒中で転倒し、危なっかしいからと給仕など通常の業務が禁じられても、ワゴンを使って前以上の活躍を見せた父に。それが役に立つのなら、と彼はますますジョークの練習に精を出すのだった。