虐殺器官

新聞の書評とかネットレビューを斜め読みしながら、すでに3カ月以上ロクに本も読んでない。
そんな中で仕事に疲れた私は気分転換に本屋でふらふら。
整然と並んでいる本棚と本が好きなのか、文化的かつ健康的な若い店員を見るのが好きなのか、よくわからない。
そんなダメおっさんの目にとまり、立ち読み、レジへ運ばれることとなったのがこの本と言うのは、やはり自分が真にSF好きなのだろうか。

作者が若くして亡くなった、というのはどこかで読んだ。
ぶっそうな本のタイトルと、珍しい著者の名前も覚えていないと言えなくもない。
だが、それだけだ。
本の内容はまったく知らない。だからこそ興味をひくタイトル。
虐殺という人をつきはなす語感と、器官そこはかとなく学術的なひびき。
ジャンルすら想像できない。
ええい、これは釣りですか。とレジに持っていって購入。
んで、よんだらツボでクソ面白くて、こんちくしょーー。

舞台は近未来。
主人公はアメリカの機関に所属し、戦場の第一線で極秘に暗殺任務を行う軍人。
アメリカのテロとの戦いは次のステージへ進み、徹底的な情報管理とトレーサビリティが合衆国のセキュリティを保証すると信じられていた。
確かに国内のテロは減っており、主人公の戦場はもっぱら発展途上国の内線を追って、世界中を飛び回る。
しかしあるときから暗殺リストに謎のターゲット「ジョン・ポール」が毎回現れることに気づく。
すでに何度も取り逃がしているのにも関わらず、ターゲットの全体像は一向に明かされることはない。
自分たちが殺そうとしているのは何者なのか、わからぬまま命ぜられるまま、今日もぼくは発達したテクノロジーで「倫理」を抑制し、女子供を殺戮してゆく。

主人公はプラハの町で、ジョン・ポールの恋人と接触することに成功し、今まで謎に包まれていたターゲットの人間に迫る。図らずも本人とのコンタクト、そして本人から語られる自分の狙われる理由、言語学者の彼が発見し、前進させつづけた驚くべき研究を知る。

数度目の暗殺作戦にて、ついにターゲットをとらえることができた。だがターゲットのこれまでの行動の意図、はたから見れば狂気としか思えない行動の裏に隠されていたのは常人の想像が及ばぬ確固たる意思。テクノロジーで倫理を麻痺させているとはいえ、無意識下で自分が殺人者である意識にさいなまれて続けていた主人公の心は思わぬ方向に進んでゆく。

面白かった。
どこか日本人の枠を振り切っているようなスケールを感じられる。
のみならず、日常、私たちがふと気づいて、しばし立ち止まり、「ヤメヤメ」と考えるのを避けてしまう、あの気持ち悪さ。

「この松茸は長野県産です」「へー」「こちらの牛肉はオーストラリア産です」「そうなんだ」「こちらの白身魚メルルーサと呼ばれる魚で南米パタゴニアで…」「うん、もういいや」みたいな。

技術的には近いのに心情的には遠い、私たちの国と彼らの国、それを太いパイプでえいやっと直結させてしまうような。対岸の火事だと思ったら此岸だった、みたいな居心地の悪さを、書いちゃってるよこの人。