ボヘミアン・ラプソディ

IMAXで見てきた。

良かった。2300円払う価値はあった。

事前に軽くネットのネタバレを見ていたんだけど、それでも感動した。

映画館で涙が出たのいつぶりだろう。記憶にないってことはもしかすると人生初かもしれない。

以下、ネタバレありのあらすじ。

主人公の青年はアフリカ・ザンジバルで生まれインドで育ち、家族とともにイギリスに移り住んだ。

エキゾチックな顔立ちで、バイト先ではパキ(パキスタン人)とあだ名される。

ライブハウスで好んで聞いていたバンド・スマイルのボーカルが脱退したのを機に、自分をボーカルとして売り込む。

若い感性の赴くまま実験的な音楽をつくっていたのがレコード会社の目に止まり、マネジメント契約を結ぶ。

洋服店で働くメアリーと出会い恋に落ちる。

クイーンと名前を変えたバンドは好意的に受け入れられ、イギリス、アメリカでツアーを行いながら、ヒット曲を作成してゆく。

キラークイーンのようなヒット曲を作るようレコード会社に依頼され、作り上げた自信作のボヘミアン・ラプソディはオペラ要素を含む斬新なものだったが、6分という長さが嫌われ、意見の違いからレコード会社と決別。単身ラジオ番組に売り込みに行く。

世界的に有名になるにつれ、メアリーとの距離は広がっていった。

メンバーはそれぞれ家族を持ち、音楽について言い争うことも多くなった。メアリーとは離れ、家族とは自分のインド系のルーツを恥じたため連絡を取っていない。

マネージャーを衝動的に解雇するが、彼の周りに残ったポールはフレディにソロアルバムを作らせて莫大な金を稼がせようとしていた。

 フレディは寂しさをパーティと男性と性的なかかわりを持つことで紛らわせるようになる。

メアリーがフレディの元を訪れたとき、フレディの心と体はぼろぼろだった。

メアリーは例え離れていたとしても、クイーンのメンバーと自分はフレディを愛しているし家族なのだと伝え、フレディはようやくポールとの関係を断ち、メンバーと和解した。

フレディの興味は、アフリカ難民のチャリティー公演ライヴエイドへの参加にあった。

しかし彼の体はエイズに侵されていることがわかる。

吹っ切れたフレディは、久しぶりに家族の元を訪れゲイの恋人を紹介する。

家族はありのままのフレディを受け入れ、善き行いをモットーとする彼の父も息子のすることを認めた。

ライヴエイドに臨んだクイーンは、圧倒的なパフォーマンスで世界15億の人々を熱狂させ、莫大な寄付金を稼ぐのであった。

シナリオ的な脚色はあるにしろ、基本的には事実に沿った物語、伝記といえる。

最初の曲が流れた時点では、そうかフレディを演じているのであって、本物ではないのだなぁとがっかりしたが、映画を見るうちに、彼がフレディであり、彼の歌声がクイーンであると信じられるくらいに没入することができた。

ちなみに、歌声は主演のラミ・マレックさんのものではなく、歌声がフレディとそっくり!と話題になったマーク・マーテルさんが声を充てているのだとか。

torukuma.com

ストーリーの柱になっているのは、フレディが彼のありのままのアイディンティティを認めて精神が成長することのように思った。

フレディことファルーク・バルサラは、最初は音楽が好きな持たざる青年だった。音楽が彼の自己表現の唯一の手段であり、良い音楽を作ることが彼のすべてだった。

その後、愛する人を得て、音楽的な成功をおさめ、彼の生み出す音楽がもたらす金に引き寄せられた人の中で暮らすうち、フレディは疲れ、自分を見失っていく。

「クイーンは定義できない」

「自分が何者かは自分が決める」

周りの人たちと決別し、また許しを請うて和解する、その経験を経て成長したフレディは、自分のインド系の出自、バイセクシャル、父との葛藤、すべてを受け入れてありのままの自分で生きることを決心する。

そうして世界15億人が見守るライヴエイドの舞台で、ソロ活動の契約金がかすむほどの寄付金を稼ぎ出しながら、歌う「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」。声を投げれば観客が応える一体感。父の教えにも見合うチャリティ。すべて自分のやりたいことをやったうえでの圧倒的な完全勝利感。気持ちいいだろうなぁ。

個人的に泣いたのは、彼氏を家族に紹介するところ。

その当時はまだLGBTに対する偏見と反感は強かったことだろう。フレディ自身も最初にポールにキスされたときに「誤解するな」的なことを言っている。

特に頭の固い父親に認めてもらうのは困難だろう。

またフレディはデビュー時に名前を変更し、出自との関係を断とうとしている。

だが、フレディの家族はあっさりとフレディを受け入れ、ライヴエイドの放送を見守ろうとしている。これはかなり救いになったはずだ。

残念だったのは、ポールがすべてのヘイトを集めて物語から退場してしまったこと。

物語的にはわかりやすくてよいと思いが、ポールに対する救いがなさすぎるのが惜しい。。

ポールも最初は一人のファンとしてフレディの才能にほれ込んだのだと思う。

少なくともフレディの孤独を真に理解していたのはメアリーとポールくらいだ。

ポールは強く、男性的で、孤独は酒と新たな関係で紛らわして作品に集中すべきと考えたのだろう。

その結果、フレディは疲弊し、死の病を患ってしまうのだが。

ボヘミアン・ラプソディは初期の曲なのに、晩年の境遇と合いすぎていてせつない。

死期の近い人間が本当にやりたい仕事をなすのは生きると似ている。

ウェンブリー・スタジアムMuseのライブ映像で何度も見た。(ウェンブリーは一度立て直しているから建物は別だけど、天井のないとこは変わっていない)

Museのパフォーマンスはライヴエイドを意識してるよなぁ。