プランク・ダイブ

グレッグ・イーガンの、割と新しい2000年代の作品を中心とした日本オリジナルの短編集。
アイディア勝負なところのあった初期のころよりも、物語として思索として進化しています。
とかくハードSFだの、わからないところは読み飛ばし推奨だの、言われがちですが、物語の構成が凝っていて理系の私には主旨をつかむのがさらに難しくなった気がします。むしろ文系の人のほうがより深く味わえるのではないかと。
ということで、読んでもよくわからなかった、科学描写でつまづいた、という人のためのとっかかりとなればよいなぁ、と思いつつ、感想を書いていきます。

「クリスタルの夜」
 人間なみの知性と意識をもつAIを(他の誰より先んじて)生み出すという野望を持った男。男は超絶的な演算能力をもつチップ上で進化を再現することでそれを達成しようと試みた。という話。
 進化というのは、集団の中で優れたごく少数を選び、他の大多数を抹殺するというプロセスの繰り返し。私たちが農作物や競走馬などに対して行う「品種改良」と同じなのだが、進化して人間の知性に近づいてくる人工生命に対してそれを行うのが倫理的にどうなのか?というのがこの短編の主題でしょう。
 物語の前半、誰よりも人工知能に精通した女性科学者は、男からの仕事の依頼を嫌悪感もあらわに拒否します。しかし男はあきらめず、別のAI研究者と組んでプロジェクトを進めます。ファイトと呼ばれる人工生命は順調に進化してついに意識を持ちはじめます。ファイトたちが周りの仲間と交わす会話を読み取ったところ、そこには親や兄弟を失ったことに対する「悲嘆」の感情があらわれていました・・・。
 男は方針を変えます。これ以上ファイトたちを殺すことはしない。しかしそれでは爆発的に増えた個体がチップの能力をあっという間に食いつぶしてしまう。チップはあまりにも高額でこれ以上の増設は難しい。そこで男はファイトたちから生殖能力を取り上げることにします。ファイト自身を選択/淘汰するのではなく、彼らの思考(ミーム)を選択/淘汰することにしたのです。
 男はファイトの代表者に(神として)接触し、もし再び子供を産めるようになりたければ科学技術を発展させ新たなチップを設計せよ、と命じます。ここが非常に面白いのですが、この時点でファイトたちの思考の進化は目覚ましく、男の作業チームはすでにファイトたちの思考を追うことができなくなっています。被造物の考えを理解できない神は、だからこそ代表者を(通訳として)必要としたのです。
 ファイトたちは現実世界の何倍もの速さで科学技術を進歩させた。男はファイトたちの月に黒いモノリスを設置し(2001www)そこから現実世界に対する実験を行えるようにしました。そして・・・! <ここから先は自分で読んでください。>
 「倫理」とは安い正義感や理想論ではありません。別々の意識を持った人間たちがうまく共生していくために、その結果として各自の安全を守るために、長い年月をかけて洗練させてきたルールなのです。男の倫理はファイトたちに受け入れられたのか、男は良き「神」でいられたのか。そこらへんが読みどころではないでしょうか。
・・・爆発オチなんてサイテー!