昨日の続き

というわけで、欲張って2つも書こうとすると途中でやる気が霧散してしまうのは判り切っていたのですが、まあ、続きを書きますよと。
1トピック目は昨日書いたので終わりなので、2トピック目、物理がどんだけすごいかという話。

高校の物理の授業で習うことはあまりに基礎的なので、いったいそれが何の役に立つのかと投げだしてしまうことも多いと思う。
例えば「波」の授業では回折格子という聞きなれない器具を使って実験をやる。私の学校では顕微鏡のプレパラートに墨を塗り乾かしたあと、2枚の剃刀を重ねて狭い平行線を刻んで自作した。これを使って蛍光灯やランプの光を見ると縞模様が観測できる。縞模様ができる理由は、2本の隙間を通った光が干渉して強めあったり打ち消し合ったりするからで、黒板でちょいちょい説明して以下の等式を導く。

2d sinθ = n λ :回折の強めあう条件(d:格子の間隔、λ:波長)

説明を聞くとまぁそうなのかな、と思うが、それが一体なんだっていうの?という気持ちはある。
ドライに考えると、物理と言うのは公式を覚えてしまえばテストの点が取りやすい、記憶量に対するコストパフォーマンスが良い科目である。なので説明を聞いてある程度納得したら、意味なんて考えずテスト前に頭にたたき込めばよいとも言える。

ある日、私は模擬試験で物理の問題用紙とにらめっこしていた。分野は「波」で、CDディスクに懐中電灯をあてたときにできる縞を観測することで波長などを求める問題だった。
問題の説明によると、CDは音声データを表す小さな凹凸が細長く、渦巻状に刻まれているのだという。この記録線(トラック)が等間隔で平行に並んでいるため、光を当てるとあたかも回折格子のごとく干渉縞を作るのだ。
私は問題を解きながら驚いていた。確かにCDは身の回りにあるもので、光を当てると見える虹模様は知っている。CDを傾けたりたわませると模様が変わることも気づいている。しかしそこまでだ。子供の私にとって、タンポポは黄色、チューリップは赤色、そしてCDは虹色でキラキラの円盤でしかなかった。たった60分前までは。
今は違う。CDには目には見えないが、等間隔のパターンが刻まれていると知っている。特徴的な光の模様は、等間隔のパターンで光が強めあったり弱めあったりするからだ。傾けると模様が動くのは、θが変わるからだ。虹色なのは、光に含まれる色の成分が異なる波長λを持っているからだ。2d sinθ = n λ。暗記するだけの公式が、意味を持ち始める。

私は学部までだが大学で物理を学んだ。面白いと思ったのは統計力学だ。
統計力学とは何か。膨大な数の要素からなる物質の動きを統計的に考える方法である。
印象に残っているある問題は、ゴムのモデルとして↑か↓のどちらかの向きをもつ分子が鎖状につながったものを考える、というのがあった。鎖の一端は天井に固定し、もう一端にはおもりが付いている。

分子が上を向いていると、おもりを持ち上げることになるのでわずかにエネルギーが高い。詳しい議論は端折るが、このモデルに対して統計力学の手法を使うと、温度を定義することができる。温度はニュートン力学には出てこない、統計を考えなければ説明できないものなのだが、おおざっぱにいえば、温度が低いと集団に束縛され、温度が高いと束縛を振り切って自由に動こうとする。上のモデルで言えば、温度が低いのは1、高いのは2である。(逆に思えるかもしれないが、今回はおもりという外力があるので、束縛を振り切って外力に従うようになった、と考えられる)
この問題は「ゴムのモデル」とされているが、ゴムの成分や詳細な分子の形は全く気にしていない。にもかかわらず、こんな単純なモデルから、温度が高いと伸びにくい、温度が高いと伸びやすい、という性質を導くことができる。ゴムの特性は、原子の組成よりも、分子がつくる構造のほうに理由があるとわかる。

温度。私たちが産まれたときから感じているのに、その正体はとてもつかみどころがない。
スパゲッティをゆでるために鍋に湯を沸かす。ふたを閉めると小さな蒸気穴からすごい勢いで蒸気のジェットが噴射される。もし穴が無ければ、その勢いのままふたの内側を叩いて跳ね返り、ふたをカタカタならすだろう。水分子を動かすエネルギーは乾燥したスパゲティを叩いて熱を伝え、炭水化物分子は糊化して柔らかくなる。
お腹すいた。ゆで上がりが待ち遠しい。どうしたら一番はやくゆで上がるだろうか。ふたを閉めたほうが良い?そう、せっかくのエネルギーを逃がさないように。 火を強くした方が良い?沸騰するまではYESだ。でも水が無くなったら逆効果だよ。 水は多い方が良い?多い方が熱浴として良いけど沸騰するまでが長くなるね。 麺は半分に折った方が良い? 油をひと匙加えたほうが良い? ペンネ・マカロニのほうがゆであがりが早いのかしら?
好きなだけ試せばいい。自然は気長に答えを返してくれる。世界には規則がある。それを信じるだけで、ほら、夕食の準備にもセンス・オブ・ワンダー